日本オランダ徒手療法協会    

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【準徒手】柔道整復師/倉持有美子 先生

2019.03.22

無力感に苛まれる日々

小 3 の頃に、肺がんの祖父の闘病する姿に接し、何もできない無力な自分を痛切に感じる。そ んな思いをどこかで払拭したかったのか、看護師を目指すことに。

 

しかし、看護学校に入学するも、 実習で末期がんの患者さんを担当し、何もかける言葉が見つけられなかった。患者さんの抱えて いる不安、苦しみ、悲しみに向き合えず、怖くて、胸が詰まった。自分には、人の終わりに立ち合う 資格はない、そう思った。戴帽式を目前に中退。

 

それから暫くはひきこもり生活をした。 祖母の、”何でもいいから勉強しなさい!鉄は熱いうちに打て!!“

 

との言葉に、昔お世話に なった整形の柔道整復師の先生を思い出し、地域で患者さんを見守り続ける、そんな仕事もいい かもしれないと柔整の学校に入学する。

学生時代から卒後は接骨院に勤務。折角この資格を取ったのだから、外傷をみたいと、この仕 事を目指すきっかけを作ってくれた地元の整形に就職。先輩は厳しく、激務だったが、何でもやら せてもらえたし、修行させてもらった。 その後体調を崩し、転職することに。

 

一時ほぼ PT というクリニックへ。勤務して数週間、〝柔整師はいらないでしょ”と主任PTとDrの会話を耳に。役立たずな自分、“柔道整復師”であることが、 とてもコンプレックスになっていった。

 

悔しかったが、そのクリニックは退職し、田舎の整形に勤め出す。

 

高齢者が多く、慢性疾患の患 者さんばかりだった。自分に基礎がないから、痛みの原因が分からない。だから、アプローチの仕方も分からない。 

誰が来ても同じマッサージ。 

「歳だから仕方ないですよ」と、お決まりのセリフ。

 

患者さんに諦めさせる言葉しか掛けていなかった。

 

本当に情けないことだと思う。

 

今思えば、自分自身が、 “柔道整復師” ということを諦めていたのだと思う。 PTじゃないのだから、自分にできることはここまでだよなと。

 

一歩だけのつもりが、、、

波風立てずに、言われたことをこなせばいい。65 歳までこの病院を勤め上げなきゃ・・なんて。

 

そんな中、60 代の院長から“疲れてしまったから辞めます”との発表が!! えぇーーっっ…ついにこの日が来たか・・・と。 しかし、後任に年下のDrが来ることに。

優しい先生だったが、しょっぱなから“勉強して下さい。 レベル up して!!”と、プレッシャーをかけられる。

 

内心「大学病院の経験だけで、地域医療の何が分かるんだよ!」と悔しくて、悔しくて、もう一言 も言われたくない!!と、今までの情けない自分も変えたかったのもあり、

 

DMT の門を叩くこと に・・・

 

土屋先生の第一印象は “ギラツイテル” “近づき辛い”だったが(笑) 基礎コースの講師の先生は、

 

「ここに入る前の自分も、何もわからなくて、自信がなくて、倉持さんと同じだったよ。でも、 大丈夫。何でも出来るようになるから。すぐだよ、すぐ。」

 

と、明るく励ましてくれた。

 

卒後このような形で学ぶことが久しぶりで、不安もあったが、同期の仲間も、皆一生懸命で、夢 に向かっていて、一人じゃないと思えた。

 

職場に戻ると、日常が続いていたが、1ヶ月に 2 日間の この時間で、自分の気持ちを保てたと思う。先生からは、兎に角 “TRY&ERROR” どんどん学ん だ事を実践していくように伝えられた。

 

患者さんとの会話を大事にした。

もう他愛のない話で終わ ることはなくなった。

 

“何でこの痛みが出ているのか?なぜ治らないのか?”考え続けた。

 

そして、 教わった手技を試した。最初は負荷量の調節ができなくて、患者さんを痛くさせてしまったり、Dr から注意されたりもしたが、患者さんにきちんと説明して信頼関係を深めていく中で、自分に担当 して欲しいという声が増えていった。

 

「前と全然違う。痛くなくなったよ。」と言って頂くようになり、手 ごたえを少しずつ感じるようになった。

 

自分の仕事がこんなに楽しいものだなんて・・・そう思った。

患者側からすれば、、、 “たった 1 人の先生”

実はDMTに入る半年前、父親が再生不良性貧血(STAGE4~5)と宣告された。

 

69 歳、朝早くか らまだ仕事にも行っていたし、夏にはソフトボールとゴルフで真っ黒になって遊んでいた、そんな父 が・・・嘘だろ・・・あんなに元気だったのに・・・ 貧血で真っ白になった顔、少し動いただけで息切 れ。血球数は基準値の半分以下しかなかった。

 

ネットで調べても、情報が少なく。不安だらけの母と私。

 

“お父さんは好きな事してきたから大丈夫” と変な覚悟を決める父。何にも考えられなくなった。ただ、父と過ごせる時間が長くなるように祈った。

 

入院先の担当医が、“予後は人それぞれなので、はっきりお答えできませんが、できる治療し ていきましょう”と冷静に伝えてくれた。その経験の滲み出た雰囲気。言葉は多くなくとも、感じるものがあった。

この先生は父や私たちに、本気で向き合ってくれるのか?ともに闘ってくれるのか?

 

セラピストにとって患者さんは、多くの患者さんの中の一人かもしれない。けれど、患者側に立 つと、セラピストは “たった 1 人の先生” なのだ。

 

大事な気づきだった。

 

その先生に出会えて、父も私たち家族も、この先生を信じて、できることをしようと思えた。 整形やスポーツの現場など、命に係わる患者さん、クライアントさんに出会うことは少ないかもし れない。けれど、長い目で見た時に、その方の人生に、私たちはとても深く関わっていると思う。

 

患者さんの諦めを希望に変える

例えば、私の担当している変形性股関症の患者さんは、痛みが強くて、長く座っていることがで きず、ひどい時期には立ちっぱなしで食事を摂っていた。OPEも勧められる程だったが、仕事を辞めたくなかった。もう、映画を観ることも、旅行に行くことも諦めましたと、そう話していた。 

しかし、 そんな患者さんが、今は “先生、どこも痛くないから北海道に旅行に行ってくるよ。飛行機で長い こと座るし、向こうで結構歩くから、不安もあるけど、また痛くなったら、先生に診てもらうから大丈 夫だよね!”と笑顔で話して下さる。

 

OPE しても、痛みは取れて、違う人生があるかもしれない。だけど、その患者さんが仕事を続けることを希望していたら?OPE すること望まなかったら?

 

DMT に入る前は、変形は不可逆性だし仕方ない、OPE しかないと諦めていた。しかし、今は違 う。患者さんに本気で向き合って、その方の希望の人生を叶えられるように、自分がどう関われる のか考え続けている。

痛みに変化が無い頃は、私が担当じゃなければ、この痛みを早くとってあげられるのかなと、信頼して来て下さる患者さんの気持ちに応えられず、自分自身もとても悩んだ。

 

でも講師の先生が 教えてくれた “TRY & ERROR” という言葉を胸に仮説を立て、アプローチを繰り返していくうち に、症状は安定し、現在は好きな仕事も続け、あの頃諦めていたことに、どんどんチャレンジしている。

私は、そんな患者さんの人生に関われて、本当に幸せを感じている。

 

諦めの人生から一変 

今、私は、長年勤めた整形を退職し、細々と自分の治療院を始めた。 

独立するなんて、DMT に入る前には思いもしなかった。だけど、土屋先生をはじめ、講師の先生方、仲間たちと過ごしていく中で、自分は何者で、何がやりたくて、社会にどう貢献していきたいのか、もの凄く考えた。

 

“ご縁を大切に”、今まで自分を成長させてくれた患者さんを大事にしたくて、自分に“+1” の場所を立ち上げた。全て自分で考え、一人で組み立てた。初めての事ばかりで、こんなんでやっていけるのか?患者さん来てくれるだろうかと不安になったりもしたが、皆さん “ここに来るのが待 ち遠しかった~!楽しみだったんだよね~!” と頼ってきてくれる。

“先生、家賃大丈夫なの?”と か、親心で心配してくれたり。情けないが、本当にありがたくて、幸せになる。変わっているかもしれないが、自分は施術していても、 “やってあげてる” と思ったことはあまりない。

 

患者さんの傍で伴走し、患者さんに感動を頂いている。ちょっとした変化に喜び、ADL が少しでも広がると涙が出るほど嬉しくなる。

 

皆さん、様々な環境で仕事をされていると思うので、時間の制限だったり、立場的な制限だった り、患者さんに接するのにも多くの制限を抱えていらっしゃることと思います。こんな風に TRY してみたいのに、余計な事しなくていいよ・・・みたいな圧かけられたり。

 

でも、その中でも少しでも “ホンモノの医療” を目指していきませんか? 出来ない理由を探すのではなく、出来るようにするためにはどんな工夫ができるのか、考えてみませんか?

 

私も挫けそうになる時があります。でも、DMT の先生方や仲間と話していると、情熱が戻ってきます。

 

今の日本の医療システムでは、“ホンモノ”よりも、経済的な事だったり、効率だったりが求められてしまうのだけど・・でも、多くの患者さんが、本気な皆さんに出会いたいと待っていると思うので す。

 

だから、私たちが時代の先を歩きませんか? “ホンモノの医療” を提供するプロになりませんか?

 

DMT に入って、私の人生は変わりました。 

 

“本気”が通じなくて、今でも悔し涙を流しますが、いつか、DMT(土屋先生)の思いが当たり前になる世界を信じています。そして、セラピストの皆さんが、患者さんと感動をともにし、“この仕事をしていて良かった” そう思えるように、私も折れずに生きていきます。

PS

因みに、母に、DMT に入る前の私と、入ってからの私の変化について尋ねると、「前よりもっと 生意気になったな!!」と言われました。(笑) でも、安定志向の母も、整形を辞め独立すると告 げた私に、「バカじゃないの?」と言いながら、心の底では闘う娘を応援してくれています。

“あなたの志が挫けることはない。仲間がここにいますよ。共に歩みましょう。”

 

患者様の声

私は、先天性腰椎神経破裂で腰椎の4番と5番が欠損しているために、主に両下肢(主に右足)の感覚が劣っています。 四年程前から補助のつもりで、杖を着いていますが、その頃から右膝に痛みが出て、ヒアルロン酸注射をしていました。背中や腰に痛みや張りが出やすく、整形で電気 をかけたり、ほぐしてもらったり、痛み止めの注射をしてもらっていましたが、一週間もするとまた 元に戻ってしまうといった繰り返しでした。 

 

しかし、元々脚長差もあり、身体の歪みも大きかったので、しょうがない事だと思っていました。 そんな時、倉持さんが声をかけてくださって、問われるままに病歴を伝え、歩行動画を撮ってもらったり、どこに神経が通っているか、細かにチェックしてもらいました。

 

その時、自分では気が付かずにいたことを幾つか教えていただきました。

 

1、 もう神経が通っていないと思っていた右足の太腿にわずかながら力を入れられることができる!

2、 腰痛は反り腰のためで、立位も座位も下腹部に力を入れてみると違ってくること

 

などなど、長年力が入りやすいところだけに負荷をかけていたために歪みが大きくなってきたところを、負荷を分散させることができるということに気づかせてもらえたのです!

 

本当に 「気づき」 は大切で、宿題を出された子供のように、今、日常生活での身体の使い方に意識して動いています。

 

改めて身体の不具合を探してみると、腰の張りや痛みがかなり軽減されてきたことを実感しています!

55歳になり、このまま維持できれば充分かなと思っていたところ、倉持さんに出会って、

 

“今までより良くなるかも!?”

 

という期待を持てるようになりました。

 

歩き方やバランスが、ほんの少し前より良くなってきただけでも、倉持さんがとても喜んで励まし

てくれるので、ますます頑張ろうという気持ちにもなれます。

 

通り一辺倒の治療ではなく、個々の悩みや辛さに正面から取り組んでいただけて、本当に感謝しています。良くなってここまでかな、という限界はあるかもしれませんが、出来るところまでお付き合い頂けたらありがたいです。これからも宜しくお願いします。

患者様のご紹介

新妻さんは、腰椎神経破裂(二分脊椎のような)のため、運動・感覚麻痺と、脚長差を先天的に抱えておられます。とても頑張り屋さんで、明るく、痛みが強い時にも辛い顔を一切出さないような方でした。 

麻痺があるので、足部が変形していて、足底には大きな潰瘍もあり、御本人も身体の様々な場所に痛みが出るのは仕方ないことだと、受け入れていらっしゃいました。 

 

しかし、小さな頃から障がいがありながらも、普通の学校で過ごされてきたエピソード、ご家族への感謝の気持ちなどを聴いていくうちに、自分が勇気づけられてしまって・・(笑) 

 

何かできることはないだろうかと思い、お声かけさせていただき、専属で担当することになりました。

 

整形の頃からの患者様なのですが、当時は 15 分程度の徒手的なアプローチしかできませんでしたが、今は自分の治療院で運動療法までできるので、少しずつですが、身体の安定性が出てきたり、お痛み自体も取れてきています。

DMT で学んでからは、新妻さんのような難しい症例でも TRY したくなります。

 

ベースの考え方を知れば、応用できるので、怖がらなくても大丈夫です。患者様の情報を集め、分からないことは文献を読んだり、ケースワークにして仲間にアドバイスをもらったり、J-Workout さんの様な専門でリハされている場所に出向いて、お話を聞きながら、どんなアプローチができるのか考えて、実際に試して、評価して、その繰り返しです。

 

とにかく、 “思考停止するな!動け!動け!” という感じです。(土屋 ism ですね・・(笑))

 

新妻さんと共に過ごす時間は、私にも発見があり、勉強させていただいております。

 

地道なトレーニングの連続ですが、小さな変化を喜びながら、これからもサポートさせていただきたいと思います。宜しくお願いいたします。

 

※最後に、私を信じて温かく見守って下さる患者さん、いつも睡眠時間を削ってカリキュラムを考えて下さっている先生方、“ホンモノ”を教えて下さった土屋先生、共に学んでいる仲間たち、支えてくれる家族に感謝いたします。ありがとうございました。

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